映画『FAKE』を観ました
今週、森達也監督の映画『FAKE』を第七藝術劇場で観てきました。
2014年に世間を賑わせた作曲家・佐村河内守氏の騒動後、約1年半もの間彼に密着したドキュメンタリー映画である今作は、森監督の実に15年ぶりの新作映画です。
どこで名前を聞いても大好評で、さらに「誰にも言わないでください、衝撃のラスト12分間。」というコピーがつけられているのも相まって、とにかく観なければ、という思いで劇場に足を運びました。
僕はドキュメンタリー映画自体をちゃんと見るのがほぼ初めてだったのですが、それまで漠然と抱いていたドキュメンタリーの定義そのものを覆されたような、非常に表現的であり、鑑賞後はかなり考えさせられるような内容になっていました。
登場人物と空間
この映画のほとんどのシーンは佐村河内家の部屋の中で撮影されています。森監督と佐村河内氏、彼の妻である香さん、そして飼い猫…名前は分かりません。
最初は少し滑稽というか、思わず変に笑ってしまいそうになるような、やっぱり佐村河内っておかしい人なんだと思ってしまうようなシーンが多々ありました。
例えば、夕飯のハンバーグに全く手をつけずに「好きだから」と言って豆乳をがぶ飲みしているシーン。
「好きだから絶対食前に飲むんですけど、これだけでおなか一杯になっちゃうこともあるんですよね」
…せっかく奥さんがご飯を作ってくれたんだから、食べればいいのに。
その奥さんも少し変わった人で、来客(森監督含め)が来ると必ずケーキをご馳走したり、これほど大きな騒動が起きた上に、生活に支障をきたすであろう珍しい「佐村河内」姓であるにも関わらず、離婚することなく佐村河内氏の全てを受け入れていたり…。
そして佐村河内家の猫、これがまた映像的により意味のある風に思えてきます。映画では家に雑誌関係者やテレビ関係者が来て、佐村河内氏に取材や出演依頼をします。眉間に皺を寄せながら相手と会話する佐村河内氏、隣で手話通訳する奥さん、それらをカメラに収める森監督…。そして、全てを見透かしているかのように佇む一匹の猫。映画には直接関係ないはずの猫が伸びをしたり座ったりしている姿を撮影したカットがいくつも存在して、少し気が抜けます。
そんな登場人物たちがいる佐村河内家は何ともない普通のお宅なのですが、後半になるにつれてまるで実家にいるような、どことなく安心感が湧いてくるところも不思議です。
新垣隆と神山典士
映画では、長年ゴーストライターを務めていた新垣隆氏、週刊文春で佐村河内氏のことを暴露した神山典士氏も取り上げられています。本来、佐村河内氏の嘘に加担していた共犯者である新垣氏がテレビや雑誌に引っ張りだこでチヤホヤされたり、過度なまでに騒動を煽り立てた神山氏が佐村河内氏の記事で賞を受賞したり、そういった佐村河内氏を追い詰めた人物のその後の輝かしい姿を、佐村河内さんは良い風には思っていないはずです。新垣氏がテレビでタレントに壁ドンしたり、耳が聞こえないポーズをして笑いを取る場面を映像で本人に見せるシーンがあります。一方は輝かしい成功者のように見え、もう一方は仕事もなく部屋でテレビを見ているだけ…この対比がとても悲しく映ります。
本当に悪いのは佐村河内氏だけなのだろうか、そう思わせるような場面がいくつも出てきます。
佐村河内守という人物
佐村河内氏は海外のメディアから取材を受けます。外人というもあってか、ズバズバと直接的な質問をするのですが、これに対する佐村河内氏の回答が変です。
Q.なぜ楽器が家にないのですか?
A.部屋が狭いから。
自分も楽器が弾ける、作曲能力があるというところを見せられれば少しは有利になるはずなのに、よくわからない理由で楽器を捨てている、というのは明らかに不自然です。
このように、おかしな回答をするなどして核心に迫った質問はかわそうとしますし、「耳が聞こえない、難聴である」と言って通訳を交えるか口の動きで簡単な単語を当てるくらいしかできないはずなのに、森監督とベランダで一服しているとき(通訳の奥さんがその場にいない)に瞬時に返答するシーンなんかもありました。
ここで、奥さんの件もやっぱりおかしいなと感じてきます。嘘をつき続けてきた佐村河内氏のことを、18年もの間本当に見抜けなかったなんてことがあり得るのでしょうか。先述したおかしな回答をしても奥さんは何ともないかのように振る舞っていました(それどころか佐村河内氏をフォローしている)。
だんだん、わからなくなってきます。主張が二転三転していきます。
当時の印象とは明らかに違うけれど、本当にそうなのか?と考えてしまいます。
真実はわからない
この映画では結論といえるものはありません。本当かもしれないし嘘かもしれない、そういったものが全体にちりばめられています。
ラスト12分については重要なネタバレを含むので言いません。ただ、僕が鑑賞前に考えていた予想の七割くらいは的中していました。それでも驚く部分がいくつもあったので、観て損はないと思います。
観終わった後、改めて『FAKE』というタイトルが秀逸であることに気づきます。まさにすべてがFAKE、カメラを向けた時点で相手はカメラ用の発言しかしないし真実なんてわからない。
完全に中立な報道なんて不可能だし、映画は多くの主観を含んでいる。
この感想も僕の主観で書かれているもので、どこかの誰かにとってはFAKEなのでしょう。
と、ここまで長々と書きましたが、ゴーストライター騒動に全く興味がなくても、佐村河内家の猫の可愛さを観るためだけに劇場に足を運ぶのもアリだと思います。
そういえば、最近は猫の人気が非常に上がっていますね。
まあ、その「猫ブーム」もメディアに作られたFAKEなのだけれども。
FAKEのロゴ、「E」だけ異様にぼやけてるけど、もしかして"Ear"の頭文字をぼやけさせることによって、佐村河内守が感音性難聴であることを表しているのかな。考え過ぎかな。 pic.twitter.com/tOF5GdbHkb
— 消火器 (@shol_lkaki) 2016年6月24日